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小屋番365日

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山と渓谷社から、また素敵な本が生まれた。
山小屋の主、55人によるリレーエッセイ、珠玉の小品集である。

内容紹介
人と自然と山仕事、山小屋暮らしとっておきの五十五話。
山を住処とし、山を仕事場とする、小屋番たちからの便り。
『山と溪谷』において5年にわたり長期連載された、全国の小屋番たちによる人気リレーエッセイ、待望の単行本化!


若いときはテント山行がメインだったが、僕にも忘れられない山小屋がある。
25年前、7月上旬に友人と屏風岩の雲稜ルートを登攀していた。友は初めての屏風岩だったので、
その日はのんびり扇岩テラスで一泊する予定だった。
しかし後から追いついてきた他パーテイの情報で天候が崩れるらしいとわかったので
夜間登攀になってもいけるところまで行ってみようということになった。
7月初めなので日照時間も長かったが、それでも後2ピッチというところで真っ暗になり完全にルートを見失ってしまった。
行き詰まった場所は不安定なルンゼだったが、何とかふたりが座れるレッジにハーケンを打ち、ツェルトを被って両膝をかかえ手ビバークした。
夜半から予報どうり雨が降り始め、そして事故が起こった。
僕たちがビバークしていたのは落石の通り道だったのだ。
落石はヘルメットを直撃した後、友人の抱えていた膝に当たった。

そのまま怪我をした友を置おいて、救助を呼びに行くことも考えたが何とか2人で自力脱出を試みた。
僕が荷揚げをして、ロープをフィックス、彼には這うようにして攀じ登ってもらった。
本当に大変なのは岩場を抜けて傾斜が緩くなってからだった。
その年は残雪がまだ多くて、屏風の頭から涸沢に続く稜線には、しっかり雪が残っていたのだ。
氷雪の道具を何も持っていなかったので、ロックハンマーでステップを刻み、道を作った。
確保支点が全然とれなかったので、わざとロープはフィックスしなかった。
ここで優しくしすぎたら、心が折れてしまうと思い、彼の生きて帰りたいという執念にかけたのである。
気がつけばいつのまにか天気は回復していて、紺碧の空が眼にまぶしかった。

そして、普段なら1時間強の距離に丸一日かかってやっと山小屋に辿り着いた。
小屋の人はもうとっくに休んでいる時間だったのに、やさしい言葉と暖かい食事まで用意していただいた。
ふたりとも涙が零れ落ちそうなほど嬉しかったのはいうまでもない。

若い故に未熟だった僕は、リーダーとしても人としても間違っていたと思う。
いつしか、その友人とは疎遠になってしまった。

しかし、涸沢にさえ行けば今もあの山小屋に会える。
そしてまっ昼間から、ビールとおでんを頼んで、穂高の山々を見上げながらぐだを巻くのである。
ここだけはそれが許されるようなそんな気がする。
by kounoproclimb | 2009-01-18 18:28
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