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剣沢幻視行

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またもや雨で楽しみにしていた山行が流れてしまった。
というわけで未読だった取って置きの本を・・・・
少し、ページを繰ってみればたちまち心は剣の深山幽渓に飛び、頬を濡らすような気がするのは大瀑布の飛沫なのか?
真夏の夜中に読むには最高の一冊なのかもしれない。
ちょっと紹介してみようと考えたが、少し山を齧った人なら和田さんの名前を知らないわけがないし、知らない方に和田氏の魅力を語るのは僕の稚拙な文章では役不足な気がする。WEBでレビューを探してみれば多くの方が和田氏の文章を引用している。氏は詩人でもあり、それだけ文章に力があるからだろう。

この本のタイトルには既視感がある。そう思って調べてみたら、岩と雪168号に同タイトルの原稿がある。この本は「岳人」2009年1月から2011年4月までの24回分の連載をまとめたものらしいが元ネタはもっと古かったのである。
何回も何回も読み返した「岩と雪」のバックナンバーから僕も和田氏の文章を一部引用してみよう。あえて出典は記さない。

<<この山域での山行計画は常に悲観的に見積もっておかなければならない。
後立山や穂高のように容易にエスケープ出来ない事がある。あのドカ雪の前には、いかに体力技術的に優れた登山家でも、自分の非力を思い知らされるだろう。・・・・・・最近の流行りのラッシュ軽装で駆け抜ける山行は勧められない。山が受け入れてくれる時は、手応えのない春山気分で終わるし、反対に拒否されて荒れ狂うと万事窮すである。他人の記録を参考にするときには、成功のそれではなく、失敗や遭難の記録に注目した方がいい。冬山登山の全てのエッセンスがはいっている山塊だ。そして、ほとんどの場合、登山者の期待は裏切られない。気分の滅入る、胃の痛くなる様な日々を過ごせることを約束する。>>




内容紹介

ヒマラヤにおけるアルパインスタイルを初期から実践し、日本の伝統的な登山法と欧州のアルピニズム的な登り方を融合した日本を代表する登山家の半世紀。 その登山観を創り出し、支えたのは世界一の豪雪といわれる厳冬の剱岳、黒部での数々の経験だった。 とりわけ幻の剱沢大滝へと肉薄する姿は、山恋を超越して山に没頭する男の魂の叫びとなっている。剱岳や、ヒマラヤでのエピソードを豊富に紹介しながら、昭和の登山史、そこに挑んだ登山者たちの思いを綴り、「登山とはなにか」の答えにまで迫る。 登山専門誌「岳人」に長期連載され、その簡潔で誠実、迫力ある登山報告や独自の登山論が注目を 集めた。知られざる厳冬期の剱岳と黒部渓谷の貴重な解説書でもある。


内容(「BOOK」データベースより)

冬剱雪黒部を縦横無尽に駆け巡り、ヒマラヤの高峰群で奮闘!日本土着の登山とアルピニズムを融合させた最後の“怪物登山家”が語る風雪の峰々への限りない憧れと、数々の闘いの記録。


著者について

1949年、高知県生まれ。大阪市立大学出身。黒部峡谷の幻の剱沢大滝を見て登山に熱中。剱沢大滝初溯行。ゲントIIとランタンリルンに初登頂。剱沢積雪期溯行。先鋭的な登山法で、8000m峰のカンチェンジュンガ、ナンガ・パルバットなどに登山し、世界的な登山家として注目を浴びる。滑落事故で、膝に致命的な障害を受けたが、怪我を克服して、冬の剱岳・黒部、ヒマラヤと鮮烈な登山を続け、日本の登山界を牽引してきた。


著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

和田/城志
1949年10月21日、高知県香南市夜須町に生まれる。高知県立追手前高校を経て、1969年、大阪市立大学工学部応用物理学科に入学する。登山は高校時代より始める。本格的な登山は大学山岳部に入ってからである。1972年、大学を中退し、大学の仲間たちとダイコー産業株式会社を設立入社する。冬の剱岳、雪の黒部川を中心に、冬山登山を続ける。1987年、同社退職、北アルプス立山で遭難、二年間無職。登山を一時止める。その後、家具会社に就職、登山を再開する。1999年、体力の限界を感じ、登山の一線をしりぞく。2007年、母の介護のため退職し、無職になる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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by kounoproclimb | 2014-09-01 10:16 | 本,雑誌